緞帳が上がる。
「第二十回 紅星高校&敷島高校討論交流回」の看板が吊られている。
舞台中央には長机3脚と椅子が並ぶ。(又は、演台+長机2) <中央=裁判官用・上手=弁護人用・下手=検察官用>
弁護人机の前には長椅子が一脚ある。
中央手前に証言台が配置されている。(演台)
上手袖近くに進行用机と椅子がある。
進行、下手から小走りに登場。
進 行 − え〜あ〜本日は、お忙しい中、お集まり下さり、ありがとうございます。え〜恒例となりましたこの交流会も、回を重ねて第二十回。今回は記念大会としまして、ひと工夫いたしました。え〜二〇〇九年から裁判員制度が始まり、裁判が一気に身近なものになりました。そこで、今回は両校が検察側と弁護側とに分かれ、模擬裁判で競うという形にしてみた訳でございます。まあ、これまでのディベートに社会的要素を少々加えてみたというものです。さて、その裁判の内容ですが、余りシリアスになっても何ですので、カチカチ山を題材としました。各地の小学校で公開授業が行われ、マスコミでも取り上げられましたので、ご存知の方も多いかと思います。まあ、それをもうちょっと本格的に高校生がやってみたらどうなるか…という趣向でございます。…え、では、早速、開廷いたします。(上手袖机に移動)
検察2・検察3・弁護1・弁護2、入廷してそれぞれの位置に着く。
進 行 − 開廷、及び人定質問。
弁護3、裁判官席(法壇)の脇から廷吏(=検察官1)に連れられて入室。
弁護3、「兎耳」を被り、手錠をかけられ、腰に縄を回されている。
検察1、この時点では廷吏の役で、それらしい制帽を被っている。
兎弁3、弁護人前の長椅子に座る。
裁判官、入廷する。
進 行 − え〜、検察が敷島市代表、敷島高等学校。弁護側が唐沢市の紅星高等学校です。裁判官は、グローバル・アジア人権市民の会「ピープル・ジョイ」の竹田、そして進行が私、島村でございます。え〜、本来であれば裁判員が、この両側につくのですが、今回の裁判員は、会場の皆様ですので、空席になっております。え〜では。(合図)
兎弁3、拘束がとかれる。
裁判官 − それでは定刻になりましたので、開廷します。被告人は前に出なさい。
兎弁3、証言台に立つ。
裁判官 − 名前は何と言いますか。
兎弁3 − 山野うさぎです。
裁判官 − 生年月日は。
兎弁3 − 元禄拾弐年四月拾五日です。
裁判官 − 職業は。
兎弁3 − 無職です。
裁判官 − 住居は。
兎弁3 − 川口湖、奥、山の中、字、木の下、穴の中です。
裁判官 − 本籍は。
兎弁3 − 川口湖、奥、山の中、字、土手の横、穴の中です。
進 行 − 起訴状朗読、及び黙秘権の告知。
裁判官 − それでは、検察官が起訴状を朗読するので、そのまま聞いていなさい。
検察2 − (起立)起訴状を朗読します。公訴事実。被告人は、元禄拾四年五月拾参日、午の刻半頃、殺害目的で、川口湖において、奥山たぬき、当三年、に対し、泥を固めて建造した手漕ぎ舟に言葉巧みに乗り込ませ、同湖沖合に連れ出し、同舟を沈没させ、同人を溺死させたものである。罪名および罰条、「殺人罪、刑法第百九十九条」以上の事実について御審理願います。
裁判官 − 被告人は答えたくない質問に対しては答えなくてもよいし、また、初めから終わりまで黙っていることもできます。もちろん、自由に発言することもできます。ですが、被告人が発言したことはそれが被告人に有利、不利を問わず証拠に用いられることがありますから、注意しなさい。分かりましたか。
兎弁3 − 分かりました。
進 行 − 被告人・弁護人の陳述。
裁判官 − そこで尋ねますが、先ほど検察官が読み上げた起訴状の中で、なにか違うところがありますか。
兎弁3 − そのとおり間違いありません。
裁判官 − 弁護人のご意見は。
弁護1 − はい、裁判長。罪名に殺人罪を適用とありましたが、狸は獣であります。故に器物損壊が妥当であり、明らかに法の適用を間違えております。よって本件の公訴棄却を求めるものであります。
検察2 − 裁判長、本件は、獣を擬人化し、人間と同等に扱うという申し合わせによって成立しております。よって、兎による狸の殺「人」事件として何ら問題は無いと考えます。
弁護人 − 裁判長。被告人は当時二歳であり、刑事罰の適用年齢に達しておりません。よって本件の公訴棄却を求めるものであります。
検察2 − 裁判長、本件では、獣の寿命を人間のそれと比較し、事件当時被告人は人間なら二十歳程度であると換算されております。よって、通常の刑事事件として何ら問題は無いと考えます。
弁護1 − 異議あり!
裁判官 − 異議を却下します。
進 行 − はいっ!え〜、中にはこう考える方もいらっしゃるかもということで、確認のため入れてみました。はいっ!(合図)
裁判官 − 審理に入ります。被告人はもとの席に戻ってください。
兎弁3、弁護人前の長椅子に座る。
進 行 − 冒頭陳述。
裁判1 − それでは、証拠調べに入ります。まず、検察官がこれから証拠によって証明しようとする事実を述べるので被告人はよく聞いてください。検察官、冒頭陳述をしてください。
検察2 − 検察官が証拠により証明しようとする事実は、下記のとおりである。第一、被告人の身上・経歴。被告人は、元禄拾弐年四月拾五日、山野草類を採集して生計を立てる父うさ治と母うさ江の三つ子の二女として川口湖畔で出生。同所で野兎修行を送り、一年後に独立して自らの穴を持つ。独居生活を始めた頃から、近くに住むじじ作とばば与夫婦との親交を深め、いつしか種を超えた絆が芽生えた。第二、本狸殺人事件に至る経緯。被告人は、近くに棲む狸によってばば与が殺害されたと知り、自ら報復を買って出て、本件犯行に及んだものである。第三、本狸殺人事件の犯行状況。被告人は、元禄拾五年五月拾参日午の刻半頃、現在の午後一時頃に相当、被告人を訪ねてきた同狸に対し、言葉巧みに泥舟に乗せて湖上に誘い込み、同舟を沈めて溺死させた。罪名および罰条、「殺人罪、刑法第百九十九条」。以上の事実を立証するため証拠等関係カード、甲記載の請求番号一ないし十の各証拠、乙記載の請求番号一ないし九の各証拠、証拠物三点、証拠類十六通を請求致します。以上。
裁判官 − ただいま、検察官による証拠調べ請求がありましたが、弁護人の意見はいかがですか。
弁護1 − 同意いたします。
裁判官 − それでは、甲記載十点と乙記載の九点について証拠採用いたします。検察官は証拠について説明して下さい。
検察2 − まず一番目の証拠は。(進行を見る)
進 行 − …はい、ここから証拠の取り調べが始まるのですが、今回は時間の都合で割愛します。
検察官、帽子を取って一礼し、検察官席につく。
進 行 − 人数の都合で、何人かに、一人二役をお願いしております。…はいっ。
裁判長 − それでは次に、じじ作さんから、証人として話を聞きます。じじ作さんには、嘘を言わないという宣誓をしてもらいます。宣誓書を読み上げてください。
弁護2、「白髪頭」を被って証言台に立つ。
爺弁2 − (読み上げる)良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓いますでごぜえます。
裁判長 − いま宣誓してもらった通り、質問には記憶のとおり答えて下さい。わざと嘘を言うと、「偽証罪」という罪で処罰されることがあります。では、検察官どうぞ。
検察2 − はい。それでは…
進 行 − (手で合図)はいっ!え〜ここで、証人によって事実の確認が行われるのですが、まあ、カチカチ山については皆さんもうご存知ですので、ここも割愛させていただきます。争点は情状酌量をどの程度汲むかということで、それによって罪の重さが変わってぇ…
検察2、話の途中で椅子に座ってしまう。
弁護1 − 裁判長!事実認定をお願い致します。
弁護側以外の一同、驚く。
進 行 − え?(進行表をめくって確認する)え〜と予定には…
弁護1 − 予定にはありません。
進 行 − はい。ありません。よね…(客席・袖奥・生徒を見比べて困る)
弁護1 − 今回の模擬裁判について、本校にも資料として絵本が送られて来ました。こちらです。(絵本を掲げる。いかにも百円ショップでまとめ買いした様なミニ判である。)
進 行 − はあ、ま、事件調書の代わりとして両校に同じものを用意しましたが…
弁護1 − 私たちはこの絵本に沿って、弁護計画を立てました。ところが、これが、弁護側にとって不当に不利な内容なのです。
進 行 − は?
弁護1 − 今回の被害者である狸の憎むべき犯罪行為が、非常に軽く扱われているのです。例えばここ「近くに住むいたずらタヌキに困ったお爺さんは…」です。イタズラ!たった一言、イタズラです。他の絵本では(何種か絵本を示す)、狸の所業についての記載がしっかりとしております。こちらですと、「豆や黍や、何を撒いても、作物をことごとく荒らし…」とあり、こちらでは、お爺さんの目の前で瓜を食べ尽くしております。
進 行 − はい、まあ、そうですが…
弁護1 − 問題はその後です。こちらの本では、お婆さんを杵で打ち殺したと、はっきりと記載されています。それに対してこれでは、「タヌキは、お婆さんを、杵で殴って逃げてしまいました。」これだけです。殺意について全く触れられていません。
進 行 − しかし、その後お爺さんによって死亡の確認はされている訳ですから…
弁護1 − 「家に帰ったお爺さんは、倒れて冷たくなったお婆さんを見つけて、おいおいと泣きました」…お婆さんが殺されたとは明記されておりません。死んだとも、結局どこにも出てきません。これで死亡の確認と言えるのですか?
進 行 − 倒れて冷たくなっていれば、一般的には死亡と…
弁護1 − まあ、いいでしょう、死亡が確認されたとしましょう。しかし、それこそが実は大問題なのです。絵本によって多少の違いはありますが、いずれにしても、そのような穏やかな状況で死亡を確認することは不可能なのです。なんとなれば、狸は…婆汁を!作っているからなのです。
進 行 − はい婆汁…はい…
弁護1 − これこそが、この狸の犯した最も憎むべき犯罪であり、今回の事件のそもそもの発端となる重〜大な事実なのです。このままでは到底被告人にとって公正な裁判とは言えません。よって、事実認定を強く求めるものです。
進 行 − いやぁ…しかし… ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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